韓国紙「20世紀初頭、朝鮮農民の土地奪還助けた日本人弁護士がいた」「相手は日本ではなく李王朝」

韓国紙が、日本の韓国併合直前の1908年に、朝鮮の島民らを弁護した日本人弁護士について取り上げている。
 
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ウリ文化新聞は22日、木尾虎之助について取り上げ、今も荷衣島(ハウィ島/全羅南道)に彼の顕彰碑が立っていると伝えた。

記事の執筆者であるイ・ユンオク記者は、金大中元大統領の生地とされる荷衣島を訪れ、同島で20世紀初頭に土地奪還をめぐる農民運動が繰り広げられたことを知る。相手は記者の予想に反して、日本ではなく、李王朝だった。
 

写真:木尾虎之介
 
同地の「荷衣3島と農村民運動記念館」(以下農民運動記念館)を訪れイ記者は、「記者は無知にも、日本植民地時代の土地強奪と、これを奪還するための朝鮮人の闘争の歴史はおよそ知っていたが、その歴史が朝鮮時代までさかのぼった《荷衣3島の農民闘争》は、初めて聞く話だった。

事件は、同地の田畑を朝鮮王室が所有権を奪ったことに始まる。李朝時代は農民から土地の所有権を奪って王室の人々に授ける「サペ(賜牌)」という制度があり、荷衣3島は王の娘である貞明姫に下賜され、嫁ぎ先である両班(ヤンバン)の洪氏に対し、徴税権が3代にわたって与えられた。しかし洪氏は4代目以降も徴税を続け、一方で政府も徴税を再開したため、島民の不平は高まった。

島民側は長期間にわたって訴訟戦を戦ったが、法律の知識もなく苦戦した。イ記者は「しかし農民を代わって、彼らの土地を取り返すのに力を貸してくれたのが日本人弁護士である木尾虎之助であった」とし、「農民運動記念館の庭には、木尾虎之助の顕彰碑が立っていた」と伝えた。

顕彰碑には、こう記されている。

《1908年、豊山洪氏の洪・ウロクによる不当な小作料強制徴収に反発して荷衣3島民は不当利得返還請求訴訟を提起したが、1審で敗訴して落胆しているときに、日本人弁護士の木尾虎之助氏が上告審弁論を引き受け、3年間の苦労と努力の末に勝訴して、荷衣3島民は所有権を取り戻した。このような木尾弁護士の恩恵を称えるために荷衣3島民の寄付を集め、1912年6月に碑を建設することになった。》

木尾弁護士は、この訴訟だけでなく、1919年の3・1独立運動時に、花井卓蔵・大久保雅彦らとともに、騒擾罪に問われた指導者らの弁護にもあたっている。木尾虎之介は1916年に衆議院議員にも当選している。
 
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