韓国政府が「独島海戦」の義勇兵追悼式を開催 「不法侵入した日本武装巡視船を撃退した」

  • 2021年11月19日
  • 2021年11月19日
  • 政治

日本政府が金昌龍警察庁長の独島訪問を理由に韓米日9次外交次官協議会共同記者会見を拒否した中、韓国国家報勲処が独島を侵犯した日本艦艇を撃退した事件を記念する。
 
参考記事:韓国大統領府関係者「日米韓記者会見への日本の不参加は極めて異例」「独島は国際法的に韓国の領土」
 
報勲処は「独島海戦」第67周年を迎え、19日午前11時、大田顕忠院独島義勇守備隊墓域で追慕式を開催する。

追慕式は独島義勇守備大記念事業会主管で開かれる。追慕式は独島海戦日(11月21日)に合わせて独島守護のために献身し、国立大田県忠忠院などに祀られた独島義勇守備隊の英霊を称え、記憶するために設けられた。

独島義勇守備隊は朝鮮戦争に参戦して負傷を負い名誉除隊したホン・スンチル隊長など参戦勇士と鬱陵島居住民間人など33人が1953年4月20日に結成された団体だ。

報勲処によると、彼らは独島に侵入する日本人を阻止したとされる。朝鮮戦争終盤の混乱期だった1953年、日本の武装船団などが数回にわたり独島に不法侵入した。これにホン・スンチルをはじめとする参戦勇士など33人が1953年4月20日独島義勇守備隊を結成した。1954年11月21日、独島義勇守備隊が独島侵略を敢行する日本の武装巡視艦ヘ迫撃砲とM1ライフルなどで集中攻撃し、日本艦艇が退却したとされる。
 

 
この戦闘は独島義勇守備隊が最も激しく戦って大きく勝利した戦闘で、日本が再び独島を違法侵犯できないきっかけになったと国家報勲処は説明した。

独島義勇守備大記念事業会は、ライフルやスケールのない迫撃砲など劣悪な武器で日本武装瞬時線2隻を倒したこの戦闘を李舜臣将軍の鳴梁海戦に例え、2013年に独島海戦として宣布された。

韓国政府は独島義勇守備隊の隊員とその遺族などを礼遇し支援するために05年に独島義勇守備隊支援法を制定した。

報勲処は「今後も独島義勇守備大記念事業会予算支援や広報などを通じて独島守護のために献身した独島義勇守備隊及び遺族の礼遇と名誉宣揚に高めることに最善を尽くす予定」と明らかにした。

先に米国現地時間で去る17日、米国ワシントンD.C.国務部で最終件外交部1次官、ウェンディ・シャーマン米国国務部副長官、森武雄日本外務省事務次官は韓米日9次外交次官協議会を開いた。以後共同記者会見をする予定だったが、日本政府は韓国警察庁長の独島訪問を理由に出席を拒否している。
 
参考記事:米高校教科書「独島は韓国人が甚だしい民族主義で領有権主張」 他にも「日本海」「満州属国」

参考記事:韓国軍幹部「朝鮮戦争には日本や台湾も《参戦》した」「無名の勇者たちの犠牲…記憶しなければ」

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