韓国誌「台湾は日本統治を残滓と思わず」「朝鮮人を弾圧した人物、台湾では善政敷いた総督に」

韓国誌が日本と台湾の関係の変遷や特殊性について注目している。

月刊朝鮮はパク・サンフMBC時事制作局副局長の寄稿文『台湾と日本は運命共同体』を掲載し、約1万5千字にわたって日台関係の特殊性ついて触れている。その一部を紹介する。
 
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パク副局長は、韓国では金泳三政権時に撤去された日本統治期の総督府建物が、台湾ではまだ健在であることを伝え、旧台湾総督府の建物を訪問した日本の修学旅行生たちを蔡英文総統が直接出て迎えたことを取り上げ、「一緒に記念写真も撮影し、わざわざ挨拶までするイベントを行った」とし、韓国との大きな違いに注目した。

続けて「台湾は日本統治時代の遺産を残滓とは思わず、そっくり文化として受け入れている」とし、「台湾は韓国よりはるかに長い50年間も日本の統治を受けたが反日感情がかなり薄い」とし、「台湾は古くからオランダとスペイン、清など外来勢力の支配を受けてきた。もともとポリネシア人種と推定される多様な先住民に移住してきた漢族が混在していた場所だったため、国家よりは部族の概念が強かった」ことなどを説明した。

一方で日本が植民統治を始めた初期には「強力な警察力で現地人を抑えた」ことから「この時期には台湾全域で抗日武装闘争が起こる中、総督府管理の腐敗も深刻で、3年間に総督が3回も変わった」ことや「財政支出も相当だった」ために、当時総督の乃木希典がロシアによる米国へのアラスカ売却のように台湾についても売却しようと考えていたことを伝えている。実際に1897年(明治30年)の帝国議会では台湾を1億元でフランスに売却すべきという「台湾売却論」が登場している。
 

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しかし当時総理大臣だった伊藤博文は乃木希典を更迭し、「台湾は軍事的にかなりの価値がある日本南部の防衛線であり、今後もよく経営すれば西汐列強に日本も植民統治能力があることを誇示する機会だと述べた」ことなどから、台湾統治が継続されたとパク副局長は説明する。

パク副局長は、第7代総督だった明石元二郞について取り上げ「台湾に相当な遺産をもたらし」とし、台湾に水力発電を導入したことや学校を整備したことに言及。その上で「彼は乙事条約から韓日合弁に至る時期に憲兵司令官兼警務総長で朝鮮人を厳しく弾圧した人物だが、台湾では善政を施した総督として記憶されている」と伝えた。

パク副局長は、このような近代化が台湾人の対日観に明るい印象を与えた可能性について触れつつ、現在台湾の教科書にも載っている八田與一について取り上げ「台湾総督府の技師として荒涼とした台湾南部を沃土に変えた人物」と消化し、「台湾人の食糧自給に大きく寄与した」「現在も日本・台湾友好の象徴として残っている」と説明した。

また、1919年には文官総督が台湾に派遣されたが、「朝鮮ではたった一人も文官総督が任命されなかった」と指摘した。

日本の敗戦後、台湾に来た国民党政権の陳儀将軍は「日本が推進した皇民化政策により台湾で中国的色彩が薄れたことを見て衝撃を受け」たため、「彼は台湾人を日本の奴隷教育を受けた劣等国民として扱った」ことや、それにより本省人と台湾人の間に溝が出来たこと、そして国民党政府が長らく日本の書籍や音楽の輸入を禁止する「極端な反日路線」を取っていたことなども伝えた。

一方で現在は台湾に住む人々の約7割が自らを「台湾人」と考えており、「台湾人らのこのようなアイデンティティ認識は中国から抜け出して米国側に立という《脫中入米》の世論が反映されたもの」とし、また「必然的に台湾と日本との距離も画期的に近づける」との専門家意見を伝えている。
 
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